本物のフラ、本場ハワイで評価を貰えるようなフラを目指してコンテストに挑戦しながら幅広くフラを浸透するために、東京、神奈川、埼玉、茨城、山梨、千葉、福岡、熊本、他の各種カルチャーセンターや老人ホームで講師としてフラの指導に当たる。ホームページは昔ながらのオーソドックスなページつくりだけど、せっかくいろいろな職務につかれているのだから、もっと他を圧倒するようなページにすればいいのにと思ったりする。ご要望があればつくりまっせー。

プロフィール
ハーラウフラオメハナオカラー(ハワイ名) Halau Hula’O Mehanaokala

テププオリマハナオテラ(タヒチ名) Te Pupu’Ori Mahana O Te Ra

  • 1971年、ホノルル市のIlima Hula Studioに入門し、Kumu Hula Louise&Lukaに師事。
  • 1973年、タヒチやサモアのポリネシアの島々を巡りタヒチアンダンスや二ュージーランドのマオリダンス、サモアのファイヤーナイフ・ダンス等を学ぶ。
  • 師よりKU’ULEINANI(私の美しいレイ)のハワイアンネームを授かり、1979年日本でポリネシアンダンスを普及させるために”ダウレイナニ・ポリネシアンカルチャースクール”(旧名:ト口ピカルダンスクラブ)を設立し、普及活動を開始。
  • 1981年、日本人で初めて本格的なポリネシアン・プロダンスチーム『ト口ピカーナ』を結成。
  • 1988年「第15回キングカメハメハ・フラコンクール・ハワイ本大会」に日本人チームとして初出場、以来2007年まで20年連続出場し、古典フラ、現代フラ共に数々の入賞を果たす。
  • 1991年、「第1回チャリティー・ポリネシアンコンサート・アロハの心」を開催。その後、隔年で開催を続け、2009年11月の第10回開催でユニセフ等への寄付金が2,375万円になった。
  • 1996年、2002年、2007年4月の3回、ハワイで最も権威ある「メリーモナーク・フラフェスティバル」の前夜祭で多数の生徒と古典フラ、現代フラ、タヒチアンダンス等を演じた。1997年6月、日本人のハワイ語理解の手助けに「ハワイ語入門」を大学書林から出版。
  • 1997年7月、タヒチアンダンスコンクール「サンホゼ・タヒチ・フェテ」に出場、以来1998年、1999年と3年連続出場。
  • ハワイで開催されているタヒチアンダンスコンクール「ヘイヴァ・タヒチ・ホノルル」に2005、2OO6年と出場しジュニアの4部門全て連続優勝。
  • 2009年7月、タヒチ最大のお祭り「Heiva I Tahiti」のファレレイラア2009に初の日本人チームのゲストとして迎えられ、広大なトアタ・ステージで112名の生徒達と45分を演じた。
  • 2010年7月、宮崎で開催された「第5回モタオケアベ・フラコンクール」に初出場し、クプナ・グループが優勝、クプナ・ソロとワヒネグループが準優勝した。

関連ホームページ
Ku’uleinani Polynesian Culture School